<< May 2012 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
巻き戻し日記:始3
 
つづき

じゃあ今度いってきます、とカードを手帳に挟んで
お店を後にしました。
すきな人やものが示してくれる出会いに間違いはありません。
素直に従います。


豆岳珈琲に行ったのはその4日後でした。
しかし時間は17時ちょうど。
営業時間の終わった豆岳珈琲さんに電話をして、
東京から来ました、多分近くにいます、
と泣きついてお店に入れてもらいました。
(まねしないで下さい)

本当に迷惑な話ですが、
今日はたまたま時間が有るからと
お二人は気持ちよく招き入れてくださって
1時間程話してくれました。

そしてその場で下郷農協の理事、
横山さんに連絡をとって下さって、
お米を食べていた、下郷農協と繋がったのです。

その翌日にわたしは山口県へ行かなければならなかったので、
ここからは相方がひとりで動いてくれました。

横山さんと会って、地元の空き家を見に連れていってもらい、
耶馬渓の人達と繋いで頂いて、
知り合いが全くいなかった耶馬渓にどんどん知り合いが増えていきました。

思っていた以上に魅力的な場所で、
魅力的な人達がいました。

具体的に家は決まってはいなかったものの、
相方の話を電話口で聞きながら
ここかもしれないなという予感がしました。

一旦東京に戻って
1月末、今度はふたりで農協へ行きました。


どうでしょう、この看板。

人間らしく生きよう!

ふたりとも必死で写メ撮ってました。


そんなこんなで横山さんを丸1日二人占めし、
何か人間のどろどろしたものがすげ落ちた様なすてきな
鈴木さん、かっこいい三浦さんのお宅に泊めてもらって、
しゃべりだしそうな木工作品を作る中島さんにも同行して頂いて、
前回相方が目星を付けていた空き家を見に連れて行ってもらって
第一候補の家は賃貸に至りませんでしたが、
第二候補の家に無事決まりました。
大家さんが本当にいい人で、
こっちの家に決まって良かったなと心底思います。


そんな風に、
脱線か、回り道かと
思われたあたりから、
好きな場所や好きな人に会うことがどんどん増えていって、
誘われる様にするすると、
進んだ先がここ耶馬渓町だった、という感じがしています。

こうして読むとそんな不思議な話でもないですね。
やっぱり自然なことだったんだなぁと
改めて思いました。

さくっと始まる予定でしたが
長々と長文おつきあいありがとうございました。




巻き戻し日記:始2
つづき
 

その後、移住先を本格的に探すことになり、
12月に福岡へ。
糸島に自然農見に行ったりもしつつ。

どこが畑?と思う人もいるかもしれませんが
自然農は耕さない、除草しない、肥料も与えず、農薬も使用しない、
という農法で、実践する人によって少々違いがあるものの、
基本的にはこういった感じで草もイキイキしています。
なんだか美しい畑でした。

そう、伊都安蔵里も行きましたね。
この糸島のあたりはとっても元気のある地域でした。
いろんなイベントもやってるみたいです。また行きたいな。


隣の喫茶スペースの2Fはこんな感じになってたりして、↓
のんびりできるそしてセンスのいいお店でした。
こんなお店が近くにあると危ないですね。
きっと何もしなくなります。



脱線しましたが、
初めは博多と門司の間くらいで家を探していました。
ウロウロするもあんまりピンと来なく、
やっぱり知らないところに突然移住するのは難しいなぁ、と
ちょっと気落ちしながら入ったのが
福岡県宗像市のbambinoというcafeでした。
お茶と一緒にいぬが出てくるこれまた素敵なお店で



店主の方と話していたら
八幡にあるお茶と古道具のあいろく、という
お店が面白いよ、と教えてもらいました。

そういう出会いは大事にしなければ、と
車を1時間程走らせてあいろくさんへ。

うーん、、、


イイ!


とってもすきな感じです。


おなかいっぱいだけどそんなこと忘れて食べます!




この黒板の右下、見えますか?
ひますぎる、と店主のつぶやき(笑
リピーター決定。

そしてこのあいろくさん、ただのお茶と古道具屋さんではないのです。

じゃじゃじゃーーーん!



自作の消しゴムハンコ!
ものすごいクオリティです。
しかも立ちながら彫ってます。



消しゴム大人買いしました。4000円分。
親に言えないことがひとつ増えました。


脱線なんかしてません。

このあいろくさんにはまったのが良かったのです。
やっぱり「すきだ」という感情には逆らってはいけないのです。
これほどシンプルで分かりやすい感情はないのだから
それを無視してはいけないのです。

12月の収穫は消しゴム止まりのように見えましたが、
1月再度、今度はわたしひとりであいろくさんへ。

他にお客さんがいないのをいいことに長居しました。
長居は得意です。
3時間くらいいました。

そしてお店を出る時にあいろくさんが

そういえば。

と。

差し出してくれたのが耶馬渓イチの珈琲屋さん、

いまやすっかり仲良くして頂いている、

豆岳珈琲のボロボロになったショップカードでした。



つづく


巻き戻し日記:始1
 大分県中津市耶馬渓町、
というところに移住して1ヶ月と4日経ちました。

地図で見ますと大分県の北西部、福岡よりのコチラですね↓
素人のつたない地図なのでお見苦しい点はご容赦下さい。
姫島村行きたい。



中津市の人口は、
中津市のHPによりますと24年4月30日現在で

総人口 85,814 (前回比-13)
男性 40,801  (前回比+1)
女性 45,013  (前回比-14)
世帯数 37,347  (前回比+17)

だそうです。
4月30日現在ということですので
わたしたちも入っていますね。

最寄り駅は中津駅、ということになりますが
うちからだと車で20分程でしょうか。

そんな中津市の耶馬渓町がどんなところかと言いますと、
ちょっと中津市のHPをもう一度覗いてみましょう。


あっという間の1ヶ月だったので、
まだまだ地元のこと知りません。
メイプル耶馬サイクリングロードと
冬の一目八景(ひとめはっけい)位しか知りませんが、
秋の紅葉の時季は渋滞が出来る程、観光客で賑わうそうです。
一目八景の岩のごつごつした山の感じは
きっと耶馬渓の代表的な風景なのでしょう。きっと。
そしてキッカケがないと観光しないと思うので
誰かが来てくれた際に一緒に行くことにしましょう。
どなたかお待ちしております。便乗観光。


そんな耶馬渓で暮らし始めた訳ですが、
地元の方にも知人友人にもよく言われるのが
「なんでまた耶馬渓?」ということです。


知り合いがいた訳でも
以前ここに来たことがあって気に入ってと
言う訳でもなく、
なんだかわたしたち自身もよく分からないまま
するすると、
道が出来た様な気がします。不思議。

すこし長くなりますが
そんな不思議な、ある意味自然な道のりの話。


去年の1月、
相方の実家のある門司の近くに引っ越そう、と
ザックリ決めたものの何かツテがある訳でもなく、
相方の実家が門司と言っても
相方のご両親がいま住んでいるところが門司、というだけで
相方が住んだことのある場所でもなく。

九州全体あまり行ったことが無いし、
鹿児島、といってもトカラ列島に遊びに行ったことが1度、
大分には仕事で1度行ったくらい、
あとは彼のご両親がいる門司くらいしか知らない、
といっても門司だってよく分からない、
というような、
九州はわたしにとってちょっと遠い場所でした。

そんなわたしたちが初めにこの地域のことを知ったのは、
ある雑誌でした。
JAではない農業協同組合、下郷農協のことが紹介されていました。

その後HPからお米を買ったことがあるものの、
当時は行ってみたいねえと話すくらいでした。

そして去年の夏。
相方のお父さんの先輩が、
玖珠郡にペンションとお店を持っておられるということで
一緒に遊びに行くことになりました。
その際、下郷農協近いんじゃない?ということになって
初めて電話をしてみることに。
ところがお盆の時期だったせいで、普段は無休の農協がちょうどお休み。
夏は耶馬渓を通るだけで降り立つことはありませんでした。


つづく



巻き戻し日記・序
 1ヶ月以上の放置となりました、このブログ。


東京を出る1週間前から毎日、

移住ブログを書こうと決めたのにもかからわずすごい放置。

なかなか携帯で更新する気になれず、PCのネット環境が整うのに

随分時間がかかりました。加えて、忙しい。働いていないのに。


まぁ、そういう訳でしたのでブログの更新には至りませんでしたが、

落ち着いたらまとめていこうと、

メモ書きあるいは日記のようにできるだけツイッターで

何をしたのかボソボソ個人的なことを呟いてはおりました。

それらをちょっとずつ

ごくごく個人的なことではありますが

発信していこうと思います。

ひとりごとのように。



あ、大分県民となりまして、

苗字も変わりまして、

いまのところ毎日忙しく、たのしくやっております。




3月21日 東京・練馬 あと7日
 さて


またしばらくの放置となっておりましたが、

新居の契約も無事済んで、

荷物だけの引っ越しも一応済みまして、

残すところ1週間となりました、東京生活。



3月も末なのにいつになったら暖かくなるんだろう、東京。

と思っている方も多いかと思いますが、

うちはそれに増して寒いです、ぜったい。

なぜならば先にも書きましたが、

荷物だけ先に引っ越されたため

うちにはほとんどぎりぎりのものしか残っていない状態なのです。

暖房器具に関してはガスヒーターが1階に1台のみ。

初めから家に備え付けてあったエアコンはあるものの、

古いせいかはたまた使っていなかったせいか、

フーーーーー、フ〜〜〜〜、

と息を吐く様な音と共になんとなく生暖かい風は出るものの

(中におじさんが入っているんじゃないかと)

その風がさむいので2階に至っては暖房なしの状態。

そして家は木造一戸建ての40年選手。
断熱材が入っているのかどうか微妙な作りのおうち。
裏は森。すきま風が結構なものです。

そら寒いわ。。。




なんでそんなことになってしまったのかと言うと、

3月末は引っ越しシーズンらしく、

一番移動費がかかる時期なのだそうです。

何件かの引っ越し会社に見積もりを出したところ、

その時期の東京〜大分間の引っ越しは40万〜はかかりますと言われて

ぎょっ。。。

(しかも荷物が多く、4t車)

凍り付きました。。

それは無理、

ということで

ではいつまでなら引っ越し費を押さえられるか聞いたところ、

3月中頃までの戻り便が狙いどころです、と言われ

それならばそれで、ということで待つことに。

ぎりぎりまで引っ越しが日が分からないという

なんとも宙ぶらりんな状態が続きましたが、

おかげさまで戻り便が希望日に確保でき

荷物の9割が先に新居に入られた訳です。

ほっ。

ところが3月も中旬越したのにこの寒さ。

冷蔵庫も先に行ってしまわれたので

冷蔵庫のない暮らしをするのに食材が痛む心配はないものの、

ほんっっとに寒い。

寒い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

加えてものがなくなった家はそこはかとなく寒々しい。

いや、実際本当に寒い。カーテンもないし。

外と変わらないか、日が当たらない部屋はまちがいなく外より寒いです。

息白いし。

テーブル等の家具も全部引っ越されたので

PCも畳に直置きですが、それがまた寒い。

あまりに寒いので布団に入ってたまに作業してたりするんですが

(姿勢が悪くなりそうだ)

そしたら今度は暖かくなって寝てしまっているらしく。

なんか最近仕事が進まないなーと思ったら

起きて作業してうたた寝して作業して寝て、

の繰り返しをしてるからだということに先日気がつきました。

人間、寒いと寝るんですね。



ということで最後の東京生活はなんだかキャンプの様な状態です。

(家でもダウン)

カーテンないから6時には起きてしまうし、

早起きなせいもきっと拍車をかけているのだろうけど

布団に入るとすぐポカポカして寝てしまうし、

最近よく寝てるのか寝ていないのかよく分かりませんが

引っ越しは大変だなぁということが身にシミル今日この頃。


春が恋しいあと7日。


ご報告>>>
京都府の舞鶴で産まれて、

大阪、東京、といろんな都合で

仮暮らしの場所を変えられたり変えたりしてきましたが、

ここへ来てようやく

これから命を繋げていくことを意識した移住を決断するに至りました。

頭ではなく根拠のない気持ち良さと直感だけで決めた、

本当にゼロからのスタートですが

大変なのは覚悟の上、もといどこに居たって大変なら

愛すべき土のあるところでと、

生きる場所を選べたことに今はわくわくしています。




とは言え、契約はまだこれからなので少々不安もありますが、

大分県の耶馬渓町という地域に

「仮」ではありますが「借り」のお家が決まりまして、

引っ越しは来月末、4月から大分県民です。



東京を出ることを決めてから、丸1年と1ヶ月。

キッカケは去年の1月にパートナーの身内に不幸があったことで、

彼の実家、北九州に車で行ける範囲に引っ越そうとふたりで決めました。




もともと

子育てをする様な歳になったら田舎に引っ越したいと思っていたのと、

土のある土地で生活がしたいと思っていたのもあって、

そういう意味でもいい時期だと、

ゆっくり、旅でもしながら候補地をみつけられたらと。




そんな矢先の3月。

東日本大震災が起きてしまいました。

これまでの生き方をひっくり返す様な、大きな大きな震災、人災でした。




この震災で

それぞれ一人一人が命の選択を問われた訳ですが、

わたしたちにとっての

生きるという選択が移住でもありました。

そしてその選択が、

移住地を探す際の大きな指針になりました。



被災した方、被災した地域のこと、

これまでの生活、これからの生活、

そして繋いでいく命のことを考えると、

それぞれができることを声にだして

生きるということを選択することが大事なのではないかと考えていて、

そしてそんなわたしたちの小さな一歩が移住でもあり、

いずれ移住を考える誰かの役に立ちたいとも考えております。



ばたばたと日程が決まって、

残すところ約1ヶ月の東京滞在となりましたが

ひとまずはご報告まで。


青年団の舞台告知です
こちらは青年団の舞台の告知です。

兵藤さんを長く見ていられる、兵藤さんファン必見の舞台です。
あいかわらずお美しい☆


現場で一緒になる事はなかったけど、
間接的とは言え久々に京さんともご一緒できて嬉しかったな。
舞台だけではなく、京さんのチラシも素敵です。




日仏若手演出家シリーズ/青年団国際演劇交流プロジェクト

”雪〜Neiges〜”
 

http://www.yan-neiges.info/
ユンスピLIVE告知です☆
告知です。

さていよいよ来週に迫りました、 ユンスピの2012年スタートLIVE(?
LIVEの予告動画まであるなんて。
豪華ですね〜
以下、ユンスピブログから拝借↓

お時間のある方、是非に☆

☆2012年1月31日ユンピョウvsスピルバーグPREMIUM LIVE☆

開場19時 (19時20分よりオープニングアクト 「きゃとる」START)

開演20時

前売¥2000+¥500(1ドリンク)
(ユンスピ応援グッズ付)

場所:OGIKUBO club Doctor

今回は50名限定の特別なLIVE

2012年ユンスピが大爆笑の幕開けをみなさまにお届けいたします。

予約&お問い合わせはお気軽に

unvsspi@hotmail.co.jp



ぼく、むくよ。
むきお、気になる。



2012年1月19日 東京・練馬>かえってきました。
 最近はFBとツイッターですっかり放置気味のブログですが、

とうとう放置したまま年が変わってしまいました。

久しぶり、ブログ。


昨晩遅くに東京に戻りました。

年末から大阪〜京都〜九州〜〜大分〜山口と

放浪しつつ20日ぶりの自宅です。


色々あったし

色んな出会いも会ったけど

色々あったのはもちろん移動していた私だけではなく、

留守にしている間も

東京では地震やら、その他にも色々あったようで。



自宅に帰ってきてホッとできないのはなんともやりきれないな。



今日は一日家のことをしたりお昼寝したりで

まだまだ体と場所が馴染んでおりませんが、

少しずつ心も身体も頭も整理しながら(あと荷物も)

今年も、まずはここでも踏み出しましょう。

ちょっと自分の状況を俯瞰して見たい時なんかは

整理整頓って大事ね。

一番苦手かもしれないけど。



とりあえず明日から東京お仕事が始まります。

放浪のあれこれはまた後日、ひとまずは新年はじめのブログでした。